サステナブルな社会に求められる PR的思考の経営
はじめに
このコラムでは、どんな手法を使えばメディア掲載につながるかといった即効性のあるテクニックではなく、パブリックリレーションズの必要性や有効性をご理解いただくことを目的としています。小規模事業者から大企業まで数々の広報支援に長年従事してきた経験をもとに、中小企業診断士の視点で、PR的な思考がいかにして経営活動に資するかをお伝えします。
パブリックリレーションズについて
企業が情報発信をする際に、広報やPRに取り組みます。この「PR」について、字面からプロモーション(Promotion)の頭2文字を使った略語だとイメージされる方も多いと思いますが、広報の文脈では「パブリックリレーションズ」(Public Relations)のことを意味します。
パブリックリレーションズとは、企業や組織を取り巻く様々なステークホルダーと継続的な信頼関係を構築していくという取り組みです。企業にもよりますが、ステークホルダーには顧客、取引先、従業員やその家族、株主、周辺地域、広い社会や環境など様々な利害関係者が含まれます。これらステークホルダーにおける企業のレピュテーション(評判)を高めてファンづくりをし、ともに前向きな社会をつくるための合意形成をはかっていきます。したがって持続可能性の高い社会を目指す「公益性」の観点は必須です。また、想いを一方的に発信するのではなく、コミュニケーションに「双方向性」を確保することが、パブリックリレーションズの重要なポイントとされています。
このコラムではパブリックリレーションズの視点を取り入れた経営を「PR的思考の経営」として話を進めていきます。
パブリックリレーションズが企業経営にもたらす効果
企業がパブリックリレーションズに取り組むことで様々な効果が期待されます。パブリックリレーションズの代表的なアクションに、企業の情報をマスメディアに提供して露出につなげていく「パブリシティ」があります。パブリシティによって、商品やサービスがマスメディアに報道されることで社会での認知が広がり、販路拡大や購買につながるというのはイメージしやすい例ですが、メリットはそれだけではありません。
幅広いステークホルダーからの自社に対する信頼を高めることで、新たなビジネスパートナーとの接点づくりや、効果的な採用活動を行うことができます。また従業員やその家族が、メディアに露出した自社に誇りを感じて帰属意識が高まり、定着率が向上する場合もあるでしょう。そのほか社内への情報発信(インナーコミュニケーション)によって、理念や経営方針を組織に浸透させることもできます。
しかしこれらは、取材件数やメディア露出量といった「アウトプット」や、ステークホルダーのリアクションによる効果「アウトカム」など、パブリックリレーションズの結果に着眼した観点であり、パブリックリレーションズの潜在力の一側面に過ぎません。PR的思考の経営において重要なのは、情報発信やメディア露出に至るまでのプロセスです。
企業経営に必要な持続可能性の視点
PR的思考の経営の必要性をご理解いただくために、社会の大きなトレンドを見てみます。
2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標である「SDGs」の考え方が社会に普及してきました。また、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点が企業投資の判断基準に大きな影響を与えています。これらについて詳しくは述べませんが、持続可能な社会を目指して世界規模で大きなメカニズムが動いているのは明らかです。
この動きを自社とは無縁に感じている中小企業があるかもしれません。しかし、大手メーカーや世界的なIT企業が、環境配慮や人権の尊重などサプライチェーン全体にサステナブルな姿勢を求める動きが見られ、取引に重大な影響を与えています。また若い世代を中心にエシカル消費や、就職先をサステナブルな視点で選ぶ傾向も指摘されています。サステナブル思考は教育の現場にも取り入れられており、持続可能性に対する社会的な認識は今後さらに高いレベルになっていくでしょう。
このような状況から、企業規模の大小にかかわらず、持続可能性を無視した経営は難しくなっていくことが言えるでしょう。
アウトサイド・イン・アプローチ
SDGs導入における企業の行動指針が記載された「SDG Compass」では、「企業に内在する課題や目標設定では、世界的な課題に十分対処することができない」(引用:『SDG Compass』)と指摘されています。そこで、「世界的な視点から、何が必要かについて外部から検討し、それに基づいて目標を設定していくことにより、企業は現状の達成度と求められる達成度のギャップを埋めていく」(同)というアウトサイド・イン・アプローチが推奨されています。
冒頭で述べた、パブリックリレーションズの「公益性」と「双方向性」は、まさにアウトサイド・イン・アプローチに通じるものがあります。つまり、PR的思考の経営は、アウトサイド・イン・アプローチによって経営活動を行うと考えても良いでしょう。
(出典:『SDG Compass』 https://sdgcompass.org/wp-content/uploads/2016/04/SDG_Compass_Japanese.pdf)
ここで、アウトサイド・イン・アプローチが体感できるパブリックリレーションズの事例をご紹介します。前述したパブリシティにおいては、マスメディアに対してプレスリリースを発行するケースが多いです。プレスリリースは、自社の取り組みや、商品・サービスを、記者や編集者をはじめとするメディア関係者に伝えるコミュニケーションツールです。
幅広いメディア関係者の理解を高めるには、客観的な情報とロジカルな構成が肝となってきます。プレスリリースのテーマである商品やサービス、トピックスが、当該文脈においてどんな観点で新しいのか。他社の技術やノウハウとどこが違い、どのように優れているのか。社会や地域経済、地元の生活に対してどのように役立ち、良い影響を与えるのか。そしてとても大事なのが、なぜマスメディアが「今」それを社会に伝える必要性があるのかという観点です。
このプレスリリースの作成プロセスにおいて、公益性の低さや、差別化要因の不在、特徴の曖昧さなど、発信したい自社の取り組みの問題点や課題に気づくことができます。また逆に、普段気づかないような魅力や強みを再発見したり、それに磨きをかけるチャンスになる場合もあるでしょう。
客観的に自社を捉えるには、業界の情勢を把握し、今の社会が何を求めているのかを理解しておく必要があります。つまりアウトサイド・イン・アプローチが重要となってくるのです。PR的な思考が組織内に浸透すれば、事業構想や製品開発、イベント企画など企業活動全般でアウトサイド・イン・アプローチを取り入れる風土が醸成され、自ずとマーケティング力も高まることが期待できるでしょう。
PR的思考の導入と実践
PR的な思考が経営にとって重要なことはご理解いただけたかもしれませんが、「新商品や新サービスなどのパブリシティネタが頻繁につくれない」、「専任の広報担当者を置くことができない」など実践にハードルを感じる中小企業は多いのではないでしょうか。
パブリックリレーションズはパブリシティだけが活動ではありません。学校向けの工場見学や出前授業、産学連携や技術協力、地域活動への参加、ワークライフバランスを考慮した自社ならではのユニークな制度の導入など。既存の社内リソースやコンテンツを違った角度で見直してみたり、周辺社会に目を向けるなど、発想次第で様々なステークホルダーと信頼関係が構築できるのもパブリックリレーションズの醍醐味です。視野を大きく広げて社会との接点の増やす機会がつくれますので、取引先が固定化していたり販路が限られているといった企業にもパブリックリレーションズはおすすめです。
リソースの限られる中小企業においては専任の広報担当者を置くことが難しいケースがほとんどだと思います。しかし専任の広報担当を設置しても、経営者の理解不足や組織連携が機能していない場合は十分な成果が望めません。最も大事なのは、経営者や従業員がパブリックリレーションズを理解し、PR的思考を経営や日々の業務にいかして一貫性を持たせることです。
パブリックリレーションズは企業規模に関わらず実践が可能です。私が実際に広報支援をしたなかには、組織メンバー3名の企業が、新聞やテレビなど多くのメディアに取材・報道された事例もあります。メディアとのコネクションや特殊なテクニックを使ったわけではありません。社会課題をとらえて地道に経営活動を積み重ねてきたことにより、地域社会や産業への好影響が期待されて、大手一般紙から専門業界紙まで様々な角度から注目を集めることになったのです。一時的な広報テクニックではなく、PR的思考やアウトサイド・イン・アプローチが経営活動に有効なことを物語っています。
パブリックリレーションズは、一朝一夕で大きな効果が出るものではありません。しかしその一方で、予算やリソースが少ない中小企業でも少しずつ取り組んでいくことで、将来に大きな経営資産を生み出し、それが企業ブランディングにも寄与します。したがってパブリックリレーションズは、即効性のある成果と紐づける「コスト」ではなく、長期的な経営資産を形成する「投資」と捉えることが肝要です。
PR的思考の経営を実践するには、商品企画や営業・販売、人事、CSRなど、バリューチェーンや諸活動とシナジーのある経営戦略を策定することが大変有効です。幅広い視野と長期的視点で企業経営のお手伝いができる中小企業診断士による支援をおすすめします。大阪中小企業診断士会は、様々な業種・業務のプロフェッショナルが多数登録されていますので、ぜひご相談ください。
担当メンバー名:三宅 庸仁(中小企業診断士、日本パブリックリレーションズ協会認定PRプランナー)
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