経営コラム

失敗しないITベンダーの選び方

はじめに
「DX」という言葉を見たり、聞いたりすることが増えました。DXは、以前からある「IT化」とは違う概念です。IT化は、業務効率化などを目的にデジタルデータで自社内の景色を変えることです。それに対し、DXはITシステムを基盤にして、外向きの景色を変えることです。すなわち、IT化はDXへの不可欠なステップといえます。ここでは、中小企業のIT化におけるベンダー選定の留意点について述べます。

ITシステムの変遷

1980年前半頃までは(当時は、「IT」ではなく「情報処理」と言っていましたが)、ITシステムを構成するハードウェアとOSはメーカー独自仕様でした。ホストコンピューターが一括でデータを処理していました。独自仕様のハードウェア,OSの上で動くアプリケーションソフトウェア(以下、アプリ)もオーダーメイド、すなわち、スクラッチでした。そして、これらのIT資産を1社のベンダーが提供していました。また、提供できるベンダー・商材の数は限られていました。ユーザーからみると選択肢が限られていたといえます。
1980年後半頃から、オープン仕様の製品が市場に現れ始めました。ハードウェア,OS,アプリそれぞれの仕様(動作条件)を満たせば、他社製同士の組み合わせでも、技術的には動作可能になりました(品質の担保は別ですが)。大小のコンピューター同士がネットワークを介してデータのやり取りをするクライアント/サーバーシステムという分散型の処理形態が現れました。また、アプリのみを販売するベンダーが増えました。アプリは、ユーザーが準備したコンピューターにインストールして利用できるパッケージという形態で販売されます。このことは、ユーザー側みるとベンダー・商材の選択肢が増えたといえます。
2000年代入ると、自社のIT資産を他社が運営するデーターセンターに設置するクラウドコンピューティングという形態が現れました。そして、直近では、IT資産をユーザーでは持たず、サービスプロバイダーに使用料を支払って、システムを利用するクラウドサービスが一般的になりました。総務省の情報通信白書(2022年)によると、クラウドサービスを利用している企業は年々増加傾向にあり、調査企業中、約70%がクラウドサービスを利用している結果となっています。

ベンダー選定の悩みどころ

私が中小企業を訪問させていただいた際、現行のITシステムについてお聞きすると、スクラッチを20年くらいも使われている場合が多いです。設備の老朽化、保守・サポートの期限の関係から、いずれそれの更新を検討する時期がきます。その場合、既存システムを導入したベンダーに更新提案を依頼するか、新たなベンダーに新規提案を依頼するかの2通りが考えられます。
既存のベンダーに依頼する場合を考えます。これまでの長いお付き合いから多少無理な注文も聞いてきれるかもしれません。しかし、1社で提案できる商材には限りがあります。他社ができない仕様にして高額な提案をしてくるかもしれません。他のベンダーはもっとコストパフォーマンスの良い提案を持ってくるかもしれません。
新たなベンダーに依頼する場合を考えます。どんなベンダーがいるのか、今ならホームページで検索をかけて探します。するとたくさんのベンダーが出てきて決めるのにうんざりしそうです。どうやって絞り込んでいいのやら、選定方法で悩みそうです。
商材について考えます。スクラッチですと、ユーザーの希望通りのものが出来上がりますが、オーダーメイドですので導入時の費用がパッケージやクラウドサービスに比べてかなり高額になるのが一般的です。パッケージはスクラッチより安価ですが、様々なユーザーに対応できる仕様になっているので、個々の仕様に合致するものはなかなか存在しません。そのため、パッケージの標準機能にはないが、実装したい機能があればカスタマイズで対応してもらいます。すなわち、パッケージでの導入ではユーザーはどこかで譲歩します。既存から使い勝手が変わることになります。スクラッチより安く済むが、使い勝手が悪くなりすぎないか悩むところです。このことはクラウドサービスの場合でも同様です。アプリが、サーバー上で動いているか、クラウド上で動いているかの違いだけで、設計手法は変わりません。

重要となる上流工程の精度

ITシステムの導入には、ユーザーが必要とする要求仕様と、導入時に発生するイニシャルコスト、導入後の保守・運用で発生するランニングコストの評価が重要です。中小企業の場合、初期投資が少なくて済むクラウドが断然有利です。しかし、スクラッチより安く済むと思っても、選定したベンダーとユーザーとの間で摺り合わせた仕様の精度が悪ければ、構築が始まってから、仕様の漏れが判明したり、設計変更が発生したりして、追加のカスタマイズや再設計が発生し、その費用が上乗せされることになります。保守・サポートに関しても、ベンダーとユーザーの役割分担を明確していなかったら、事前に聞いていなかったサポート費用が追加発生する可能性があります。その結果、イニシャルコストとランニングコストを合わせたトータルコストを試算してみたら、当社予算を超えていたという事態になりかねません。最悪、スクラッチの方が安かったという事態になりかねません。

ITベンダーが増える中、中小企業にとりましても、RFI(情報提供依頼)やRFP(システム提案依頼)により、上流工程の精度の高くすることが重要になります。RFIでウェブサイトやカタログに記載されていないベンダーや商材の情報も収集し、候補ベンダーをある程度絞り込みます。そして、候補ベンダーにRFPを発出し、ベンダー各社の提案内容を評価しベンダーを選定します。RFI、RFPは、これまでも大手企業で行われている手続きですが、「中小企業だから関係ない」という話でなくなってきていると思います。
ユーザーがクラウドサービスを選定する場合、機能要件はもちろんのことですが、次のような非機能要件の評価も重要となります。
・クラウドサービスの稼働率および障害や災害からの復旧時間
・クラウドサービスの処理能力およびレスポンス時間
・将来のデータ処理量増大に対するクラウドサービスの拡張性
・サービスプロバイダーのサービス監視体制およびバックアップ体制
・サービスが運用されている環境のセキュリティ対策・災害対策・周辺環境への対応 等々
これらに関する不具合が発生した場合、自社内部の問題だけでなく社会的責任が問われる可能性があります。SDGsやESGの取り組みにもつながります。

さいごに

パッケージやクラウドより安価にスクラッチを提供してくれるベンダーを見つけることができれば良いですが、それを見つけるのはなかなか困難だと思います。今後、中小企業の経営者は、IT化の過程、特に上流工程において、リーダーシップを発揮する必要性が増すと思います。そのためにも、中小企業基盤機構、地方自治体、公的機関などに設置されているIT支援機関を有効に活用されることをお奨めします。

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