経営コラム

カスタマーサービス強化による売上・収益の向上策について

はじめに

中小企業診断士の多喜 聡と申します。
勤務先の総合電機メーカーにてカスタマーサービス部門に在籍しています。国内外の市場にてサービスを担当し、通算10年以上になりました。
カスタマーサービス以外にも営業・マーケティングや技術の仕事など様々な部門にて担当しましたが、これまでの経験を踏まえて特に感じたことが、カスタマーサービスと売上や収益との大きな関係性です。

売上増加や収益力向上と聞くと、営業力や商品力・技術力を強化し、新製品・新市場への展開を図ろうとする企業も多いと思います。
その一方で、カスタマーサービスを強化することで更に早く確実に売上・収益の向上が図れるケースというのも多々あります。

1:5, 5:25の法則

皆さんは「1:5の法則」または「5:25の法則」というのを聞いたことがありますでしょうか。
これらは、米国大手コンサル会社ベイン・アンド・カンパニーのフレデリック・F・ライクヘルド氏により提唱された理論です。まず1:5の法則とは「新規顧客を獲得するコストは、既存顧客を維持するコストの5倍かかる」というものです。
逆に言えば「既存顧客を維持し、売上を維持・成長させるのは、新規顧客を開拓した売上成長策の1/5のコストでできる」ともいえるのです。
例えば、新規顧客開拓の為には、広告、展示会・セミナーなどアプローチを行うためのプロモーションコスト等の負担が必要になります。更には、そこでアプローチした見込み顧客に対しても、信頼関係を構築するための時間や労力を必要とします。これらに加え、受注を実現するための商品説明・商談・価格交渉が必要ですし、その過程で他社との競争にも晒されます。
一方で、既存顧客を維持する場合については、カスタマーサービス体制を維持し、定期的なアプローチや関係維持の為のコストこそかかりますが、自社の事や製品・サービスを認知し、取引への安心感もある為、他社との競争の中でも比較的優位に立て、収益性の高いリピート受注も可能となります。

一方5:25の法則は「5%の顧客離れを防げれば25%の利益改善につながる」というものです。「1:5の法則」からも導かれる通り、販売コストが低く、かつ自社の製品・サービスに愛顧を抱く顧客を維持できれば大幅な利益改善につながるという理論です。

カスタマーサービスの強化による価格競争回避

「近代マーケティングの父」とも呼ばれる、フィリップ・コトラーの「純顧客価値理論」では「2つの比較対象となる製品があった場合、顧客は純顧客価値が大きいと感じられるほうの製品を購入する。」ということが提唱されています。
純顧客価値は、顧客は製品・サービスに対して抱く総合的な価値であり、「純顧客価値=総顧客価値-総顧客コスト」とも言われています。
何やら難しそうに聞こえる理論ですが、簡単に言えば
「顧客は、製品やサービスから得られる満足感や価値(=総顧客価値)から、支払った金額や手間といったコスト(=総顧客コスト)を引いたものが大きいほど、その製品やサービスに高い価値を感じる」ということを示しています。

ポイントは、競合に比べて金銭的コストは高かったとしても、連絡が取りやすく、迅速な修理・回復が可能で、お客様にとって便利な製品・サービスを提供し続ける限り継続して選んでもらえる可能性が高いというものです。 
筆者は現在、あるB2B市場向け高価格帯機器のカスタマーサービスに従事しています。社会の安全・安心に関わる公共機関や社会インフラを担うお客様が大半を占め、かつ厳しい環境下の使用が多いため、製品・部品やソフトウェアの品質に起因する問題が発生した際には迅速かつ丁寧な対応を必要とします。
そんな中、お客様のお困りの声やリクエストに真摯に向き合い、カスタマーサービスを中心とした技術・営業・製造等、全社一体となった対応を取る事で、顧客の信頼を回復し、大型の受注を継続できたケースを数々体験しています。

VOC(Voice Of Customer)による競争力のある製品・サービスづくり

「グッドマンの法則」(※1)として知られている理論の一つとして「不満を持った顧客のうち、苦情を申し立て、その解決に満足した顧客の当該商品サービスの再購入決定率は、不満を持ちながら苦情を申し立てない顧客のそれに比べて高い」というものがあります。
1980年代に行われたあるアメリカでの市場調査では、高価格帯製品に不満を持った顧客のうちわずか4%しか苦情を申し立てないというデータがあります。しかしその4%の苦情を申し立てたお客様の中で、迅速に対応・解決できたお客様の82%が再度購入をされたそうです。

これはカスタマーサービスの重要性を示すだけでなく、あえて苦情申し立てをされた顧客の声は実は大変貴重な情報であり、製品・サービスの改善やビジネスを成長させるための重要なヒントが隠れていることを示しています。

カスタマーサービス業務への、ネガティブイメージとその対応

カスタマーサービスというと、顧客のクレームに直面する仕事というネガティブなイメージもあります。新規市場・顧客を開拓し数字で評価が可能な営業職と比べると地味な仕事で、モチベーションの向上が難しいという印象を持たれるかもしれません。また顧客の都合に合わせた対応となり、深夜や休日勤務が必要になる事もあります。
私の経験では、多くのカスタマーサービスの担当の方はお客様の為と言えば自発的に無理を押しても勤務される方が多く、だからこそ管理者の留意が必要と考えます。
カスタマーサービスの仕事は、お客様との関係を維持し、売上・ブランド・企業価値を保つ重要な仕事であることを、経営者自らが発信いただき、人員体制や勤務シフト、時間外勤務後の代休・インターバルなどの労働条件にも留意を頂きたいです。

そして、一定の範囲で現場の社員に権限を持たせ判断をゆだねるなどし、主体者意識を持たせると共に、お客様の感謝の声などの事例を共有、時には表彰制度を活用するなどサービス担当者のモチベーション向上にも努めていただくことが重要です。カスタマーサービスのモチベーションやES(従業員満足度)が高ければ、それらはお客様満足への向上にも直結します。

カスタマーサービスの評価手法

カスタマーサービス取組効果の数値化や可視化は、担当者への正しい評価やモチベーション向上の為にも不可欠と言えます。
一般的には下記のような評価手法を使うことで取組の数値化や課題・成果の可視化を図ることができます。

上記の中から自社のカスタマーサービスの評価に適した手法を選択し、業績評価指数(KPI)を定めます。各指標への達成度により自社のサービスの強み・弱みを把握することができます。

ここで注意が必要なのは、未達成の指標があったとしてもそれは従業員個々の姿勢・能力のみを追求するものであってはならず、要因を多面的に分析し(5Why分析等も有効です)、組織面・業務プロセス面での課題を明確化することこそが大事だということです。
(例:コールセンターの回線数は十分だったか、修理時にサービスパーツは必要数準備されていたか、現場に判断する権限が与えられていたか、指標が適切であったか等)

顧客満足度経営から顧客ロイヤリティ経営へ

カスタマーサービスを強化するのは顧客満足度を向上させるためであることは当然ですが、その先にある目標としてロイヤルカスタマー(自社の製品・サービスを好んで繰り返し購入し、第三者にも推奨してくれる顧客(※2))の創出が挙げられます。
製品・サービスを長く使い続けられるという顧客期待価値(顕在ニーズ)を充足するだけでなく、カスタマーサービスで得られた情報を商品企画・開発へ反映し、顧客の予想を超えた価値(潜在ニーズ)を提供、共感・信頼を得ることで既存顧客のロイヤルカスタマー化を図ることができます。このようなロイヤルカスタマー創出を目標に置いた「顧客ロイヤリティ経営」を目指すことで、売上・収益の安定化、コスト削減や社員のモチベーション向上など、事業基盤の強化を図る事ができます。

最後に

カスタマーサービスは、単なるクレーム対応ではなく、企業と顧客の関係を深め、企業の長期的な成長を支えるための重要な活動である事を説明してきました。
もちろん、事業成長の為には既存顧客への安定的な売上を基盤とした上での新規顧客・新規市場の開拓も必要です。
中小企業診断士は、貴社の現状を分析し、新規市場・新規顧客開拓とバランスの取れた最適なカスタマーサービス強化の戦略を立案し、貴社のビジネスをより一層成長させるお手伝いをいたします。

※1)グッドマンの法則:顧客ロイヤルティ協会・佐藤知恭氏の提唱した法則。
参考 URL:https://www.customer-loyalty.jp/goodman/

※2)ロイヤルカスタマーの定義:遠藤直紀・武井由紀子著「売上につながる「顧客ロイヤリティ戦略」入門」より編集

イラスト:「2020 商用可・フリーイラスト素材集|ちょうどいいイラスト 」より
参考 URL:https://tyoudoii-illust.com/

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